日本の植物療法

日本の植物療法


奈良時代に中国から伝来した植物療法

中国における薬用植物(生薬)の使い方は、日本にも奈良時代頃には伝わり始めたと言われています。
8世紀中頃には、中国の唐から鑑真(がん じん)が来日、律宗を日本に伝えると同時に、多くの薬用植物を日本に運んできて、中国の医学を日本に伝えることにも力を注ぎました。
彼が持ってきた薬は、甘草などの今も重要な生薬も含まれていました。

その後、日本でも平安時代に、美容や健康法をまとめた医学書が出されました。
984年、中国から帰化した一族から出た医学の第一人者、丹羽康頼たちが医学書『医心方(い しん ぼう)』を著します。彼は一族が帰化した時に持参した中国の医学書を参考にして、日本の民間薬を加えて『医心方』をまとめました。

『医心方』には、病気の治療法や健康法だけではなく、きめこまやかな美容法もまとめられています。「生き生きとしてうるおい光沢のある肌にする方法」、「顔、からだすべてを清らかで色白くする方法」、「シミ、きめ粗い肌をきれいにする方法」、「老いても若々しい肌を保つ方法」などなど。それらの美容法に使われていたものは、米ヌカやはと麦、緑豆など、日々の食品やお茶になった植物でした。

現代の美容法と古来の美容法の大きな違いは、現代の化粧品が肌に一時的な保湿成分や美白成分を与えるのに対して、昔の美容法は、肌が本来持っている美しくなろうとする力を引き出し、高めていくという考え方に基づいています。つまり自然の美肌力をつけることを目的にしていたのです。

日本古来の伝統的な美容素材

身近な自然素材を活用する日本の伝統的なスキンケア方法は、大正時代ころまでは民間で使われ続けてきました。

日本では、洗浄成分として昔から使われてきたものは、米ぬかです。米ぬかには、肌を美しくするビタミンや保湿成分が多く含まれています。米ぬかは、荒れた肌を再生する効果も高く、シミやくすみを薄くして、「お餅のような肌を育む」と言われてきました。

また化粧水としてよく使われてきたのが、ヘチマ水です。近年になって、ヘチマ水には多くのサポニンが含まれ、それらが保湿成分や美白成分、シワなどを薄くする成分となって、総合的に肌に働きかけることがわかってきました。昔から長く使われてきた化粧品には、やはりそれなりの理由があることが現代の科学分野においても実証されつつあるのです。

「日本女性の肌は世界一美しい」と欧米の人々が称賛するほどの美肌を育んだのは、そうした一見、素朴な植物療法でした。

そのほか口紅としては、紅花が使われていました。紅花は、血行を良くする働きがあるので、冷えがもとで発症する婦人病を予防すると言われていました。紅花の色素を使った口紅(紅皿)は、現代のメイク用品の多くが、ただ外見を飾る機能性にのみにとらわれ、肌やからだにとって良いものであるかは考慮していないという点において対称的です。



日本の主な美容植物

ドクダミ、ヘチマ、コメヌカ、ベニバナ、ハトムギ(ヨクイニン)、ソウハクヒ、ケツメイシ、アズキ、シコン、オウバク(キハダ)、ニワトコ、ワレモコウ



日本の薬用植物【米ぬか】

昔の日本女性は、米ぬかで顔やからだを洗って、しっとりとした肌を守ってきました。米ぬかは若さを保つビタミンEたっぷりの植物油を含んでいるので、冬でもクリームをつける必要もないほどのしっとり肌になると言われています。

米ぬかが良いとされてきたのには、ちゃんと科学的な根拠もあります。米ぬかは食べると、毒素を吸着し、体外に出す働きをしますが、その働きはスキンケアとしても発揮し、肌に透明感を与えます。

ある美容クリニックでは、シミの治療に、ぬか洗顔がたいへん効果的だったという報告も出ています。それは、米ぬかの強い酵素によるもので、肌に蓄積した汚れを分解してくれるからです。

さらに米ぬかの栄養素が、肌から直接、吸収されます。若さを保ってくれるいくつものビタミン類(B1、B2、B6、B12、E)は、肌にとって大切な栄養素で、ツヤが出てくるのはそのためです。

米ぬかの洗浄成分は、γグロブリンというタンパク質で、これが界面活性剤の役割を果たしています。その洗浄力は、日本では合成洗剤が普及するまで、米ぬかは洗剤としても広く用いられていたことからもわかります。布袋に包んで、柱や床を磨き上げるなどの掃除にも利用されていたのです。米ぬかは、汚れをよく落としながら、保湿もしてくれるという理想的なスキンケア素材なのです。


日本の薬用植物【ヘチマ】

昔から化粧水として使われてきた「ヘチマ水」の別名は美人水。皮膚細胞を活性化する9種類ものサポニン群が含まれています。

このサポニン群は、6年ものの朝鮮人参にしか含まれない有効成分プロトパナキサトリオールを骨格とするもので、皮膚細胞を活性化し、若返らせる効果があります。このサポニン群は、日焼けやほてりを鎮める作用もあります。そのほか「ヘチマ水」には、うるおいを与えるペクチン、肌に透明感を与え、本来の白さを保つのを助ける多糖類やアミノ酸があることがわかっています。

美容的な効果だけではなく、「ヘチマ水」にはカリウムも多く含まれているので、飲むと咳止めや利尿作用にも有効です。でも現代の科学研究でわかっている有効成分は「ヘチマ水」のほんの一部です。そのほかにも何千という有効成分がヘチマに含まれているのです。
だから成分を見ると、「ヘチマ水」とだけあっても、「保湿、収れん、再生、老化防止、美白」と、数え切れないほどの肌を美しくする有効成分が、複合的な形で入っているのです。
昔の日本人は、経験的に「ヘチマ水」に多くの美容成分が入っていることを知り、これを化粧水として活用してきたのです。

化粧品の新成分は、肌にとって未知のもの

最近はとくに「UVケア」や「美白」という目的でいろいろな化粧品の新成分が登場しています。

たとえばUVクリームによく配合されるオキシベンゾンは、有機化合物の紫外線吸収剤ですが、これは旧厚生省がアレルギーの不安がある化粧品成分として「表示指定成分」として定めていたもののひとつです。さらにオキシベンゾンは、環境ホルモンの疑いがあることも指摘されています。

現代コスメの傾向として、あまりに「UVケア」や「美白」にとらわれて、肌本来の健康を忘れてしまうことも問題です。
日々開発されている新成分の入った化粧品の安全性は、何十年経った後でないとわからないという不安があります。

「環境ホルモン」などという言葉もなかった時代に、次々と化粧品に使われる化学成分が開発されました。そして数十年間大量に使われた後に、新たな危険性が指摘されるということが繰り返されています。
たとえば、化粧品の合成防腐剤としてもっともよく使われるものが、パラベンとフェノキシエタノールですが、これらは最近になって、環境ホルモンになる疑いがでています。

いっぽう何世紀にもわたって受け継がれてきた植物療法は、長い年月の中で人の肌に良いことが確認されて副作用がなく、効果も確かなものが多いのです。天然成分の化粧品しか使わなかった昔の日本女性の肌は世界一美しいと言われていました。

植物療法を通じてせっかく自然の持つ力が伝えられてきているのに、不安な新成分をすすんで肌に塗る必要はあるのでしょうか。化粧品の成分に関しては、「疑わしいものは使わない」という姿勢でよいのではないでしょうか。