平和な母系社会を営むイルカたち その1

2018/06/18

平和な母系社会を営むイルカたち その1



この地球上で最も知恵ある生物は本当に私たち人間なのだろうか。

あらゆる生命の存在を認め、その環境の中で、
知恵を使いながら生きている生物は、私たち人間だけではない。

イルカは人間よりもはるかに古い時代に、
地球上にひとつの生物の種として登場している。

非常に高い知能を持つイルカは、
海というもうひとつの世界を自由に生きる優しい隣人と考えるべきではないだろうか。

文/メリー・コーペット


自分たち以外の生物にも思いやりを示すイルカ

地球上のほぼ7割の面積を占める海。

その広大な海でのびのびと生きるイルカは、ストレス社会の中で生活する人間にとって、まさに手に届かぬ自由と解放を象徴する時代のアイドル。

しかし、私たちを魅了するのは、表面的なかわいらしさや賢さだけではないように思います。

イルカと人間とは、互いに海と陸それぞれの食物連鎖のトップに立つ、頭脳や社会性がたいへん発達している哺乳動物です。

イルカは好奇心旺盛で、他の種類の動物や周りのいたるものに興味を持っています。

今、世界中でイルカの自然観察や研究が盛んに進められています。
そこでは、人間のあり方の虚しさをとても考えさせられるような、奥深いものに直面するのです。

人間がイメージするイルカの生きざまには、いろいろな理想や憧れが反映されています。
その私たちには穏やかと思える高度な社会性も、ひとつにはポッド(群れ) が分裂すれば厳しい自然界では生き残れないという現実が、その背景にはあります。

もちろんそれだけなら、イルカだけにみられる行動ではありません。
猿、オオカミ、アリやハチまであらゆる動物に、種の保存をかけた、すばらしく発達した集団生活の本能がうかがえます。

しかし、自然界には非常に珍しい、自分のポッドに対してだけではなくイルカ以外の動物や人間に対する〝思いやり〟や自己犠牲的な行動が、海で観察されています。
溺れそうになった船乗りがイルカに助けられたり、人間を襲うサメをイルカが攻撃する、などという話は数多くあります。
また、バンドウイルカが、ケガを負った自分よりも数十倍大きいクジラが溺れないように、必死に浮き上がらせようと支えている光景なども伝えられています。

本来、自然界では、直属の仲間以外を助けたり、危険を冒してまで守るということは、その掟を破り、自分だけではなくポットの全員を危険にさらすことにもなり、このような行動は動物的本能だけでは非常に説明しにくいのです。

例えば人間に飼われている犬が、飼い主を救おうと身代わりになって車にひかれたなどという例はありますが、犬にとって家族、特に主人を守ることは自分自身の防衛反応です。

従って家族=自己保存であるため、犬やペットが持つ家族に対する気持ちは、野生の群れの本能と同じなのです。
しかし、野生のイルカが身も知れぬ人間のためにサメに立ち向かって、一体どのようなメリットがあるのでしょう。

 まだまだ私たちにとって、なぞの多い不思議な動物です。

祖母を中心にした平和な母系家族

このような行動を、無条件の愛と解釈されても不思議はないかもしれません。が、海でじっくり観察すると、イルカの世界にも人間界と似たような「いたずら」「いじめ」「暴力」もあり、決してDNAの中から攻撃的行動が削除されているわけではなさそうです。

しかし多くのポッドは、私たちの目には、うらやましいほど平和に見えます。

多くの海洋生物学者や動物行動学者は、その柔軟な世界の背景に、母系性の社会構造が大きな位置を占めていると考えています。

世界中で研究されているイルカのほとんどは、例外なくアルファーメスのリーダーを持ちます。
すなわち、おばあちゃんイルカです。
ポッドで生まれる子供たちはみんな、祖母・母親を中心にお母さんの兄弟すなわち、おばさんやおじさん、いとこたちに囲まれ、大事に育てられます。

大人になっても家族を離れることなく、後から生まれてくる兄弟やいとこのめんどうを見ながら、自分が大人になるための勉強をしていきます。
雄だけでグループを組んだり、ポッドから少し離れて生活する例もありますが、まったく母親やポットから離れることはほとんどなく、しっかり家族を守る役割を持っています。

なかには、暴れん坊イルカもいますが、あくまでも実権がおばあちゃんに握られているため、家族内の平和はしっかり保たれているようです。
しつけはなかなか厳しいながらも、深い母性愛が感じられます。
おばあちゃんの死んだ後は、普通その長女が後を引き継ぎ、かしらとなります。

カナダのジョンソン海峡に住むイルカを、25年観察しているポール・スポング博士は、そういった世代交代を何度も見ています。
いくつものポッドが平和に共存する光景に、彼は人類を救うカギを見たと考えています。
それは本来の人間の家族のあり方、すなわち母系社会に戻ることである、と彼は言います。
人間社会にもわずかにその形態が残っていますが、現代においても歴史的にみても、周りの父系社会に比べて戦いが少なく、社会的に安定し、経済も栄えています。

その違いをここで十分に述べることはできませんが、たいへん大まかには、母系の家に生まれる子供は、基本的には生涯そこから離れることはありません。

文化によって男女の交際の仕組みは様々ですが、みごもった場合、子供は母親の家で生まれ、そこでファミリーに育てられます。
父親の存在、そしてその父親が誰であるかは、特に重視されません。

従って両親(男女)の仲のもつれによって、環境が不安定になったり大きく変化することはありません。
父親は必ずしも婿養子になるわけではないので、父親の役割も特別孤立したものではなく、多くは母親の男兄弟たちが男役のお手本努めます。

おばあちゃんのもとで育つ家族にはけんかや暴力も少なく、子供にとってはたいへん安心感に恵まれた環境と思われます。

父系社会では、嫁は家族を離れ、夫の家に入ります。
そこには根本的に多かれ少なかれ、二つの家の競い合いや妥協があります。
やはり、もともとは外の人間である姑や他の嫁との関係も複雑で、何人もの息子がいる場合は、資産の分配や跡継ぎ選びなど、トラブルのもとになる課題はとてもたくさんあります。
動物界にみる父系社会などでも、雄同士の縄張り争いやトップ争いが絶えません。

もちろんイルカや像にみる母系社会にもけんかはあります。
しかし、雄たちがみんな母親の下に生活していることによって、ほどよいバランスが保たれているようです。