「僕、こだわっていませんから」。それが、土井くんが日頃、よく口にする言葉です。
この本の「はじめ」にも、「囚われていないしこだわりも持っていない」という言葉が出ています。「麺類に醤油ぶっかけとか」と書いてあるのを読むと、こだわりの無さがかっこいい!などと思う人がいるかも。
しかし…。その言葉通りに受け取っていると、不思議なことに次々と出会います。
仲間と一緒に出かけた日、土井くんはほとんど外食を口にしません。レストランでみんなが注文していても、「僕、お腹すいてませんから、いいです」と、食事抜きはよくあること。彼の食事拒否で周りの空気がしらけても一切お構いなしです。たまにそんな彼が「食べます」と言うときは、菜食メニューとか、お蕎麦のみ。口に入れるのは、「オーガニック、無添加」です。「こだわっていない」どころか、呆れるばかりのウルトラ級のこだわり人間です。ですから「麺類に醤油のぶっかけ」と言っても、だまされてはいけません。土井くんが食べるのは、「国産の小麦粉」で作った麺類に、「昔ながらの発酵熟成の手間をかけて作った国産大豆原料」の醤油です。そのへんにある「ぶっかけ」とは、まったく「非なる」ものしか彼は口にしません。
じつは私は、彼のそんなこだわりに呆れ、ほとほと疲れながらも、いっぽうではたいへん評価しています。ここまで「こだわりを貫きとおす頑固な奴はいまどき珍しい!」と。彼の欲求は、おおよそ今の一般人のものとはかけ離れています。一般人であれば、おしゃれなレストランでグルメとか、ブランドものの服や家具がほしいとか、テレビで流行っている遊びにお金が欲しいなどと願うところですが、彼はそうした欲求から遠く距離を保っています。(ただひとつ普通なのは、可愛い彼女が欲しいと思っているところくらいでしょうか)。たしかにそういう意味で、一般的な欲求には、まったくこだわりがありません。
そういう人間なので、数百種類もの職種を経験しながらも、ついにどこの会社にも定着せず、自分なりに生き、いつも周りから「あんなに勝手にしていて大丈夫なの?」と心配される存在です。私も心配した一人で、「土井くんは自然食のレストラン経営に向いているんじゃないの」、とすすめたことがありました。長い時間かけて話したあと、「でも、僕、そういう仕事に向いていないし」だったので、この人に一般的な生き方など勧めても時間の無駄と見切りをつけました。
相変わらず彼は、「別に僕、本を出したからといって、料理にこだわっていないし」です。
みなさん、こんないい加減で勝手な人の本を読むのは止めてくださいね。世の中には、何年も修業をしてきた人が書いた、すぐれた料理本がたくさんあります。声を大にしてそう言いたいのですが、彼がウルトラ級のこだわり人間であり続け、勝手にしてもなんとか生きている不思議さは「なんだか凄い!」です。とりあえず、「他人の目を気にせず、自分のこだわりで好きにするのが一番かも」という応援のメッセージを送ることにします。
作家・アイシス編集長 水上洋子