人間は石器時代から自然にあるさまざまなものを利用して色を作り出し、生活の中で使っていました。その原料は土や鉱石、貝や虫の分泌物などで、最も多く利用されたのは、植物から採られた染料や顔料です。そんな時代が、19世紀の中ごろまで続きました。
しかし20世紀に始まった現代の石油化学は、私たちの祖先が時間をかけて作ってきた自然の色をも、容易に再現してしまいました。手間もコストもかからない、加えて耐久性もある合成の色に押されて、生活の中から自然の色は急速になくなっていったのです。しかし、化学合成の色があふれる現代社会にあって、自然の色をより身近なものにしてゆきたいと願う人たちが増えています。
川崎市柿生に工房を構える染色家の山崎和樹さんは、親子三代にわたって草木染めに取り組んでいます。じつは「草木染」という言葉を最初に使ったのは山崎さんの祖父の山崎斌(あきら)氏。昭和5年、植物染料で染めた手織り紬の展覧会を銀座で開いたとき、化学染料と区別するために、草木を始めとした天然染料で染めたものを「草木染」と名づけたのです。山崎斌氏は世界恐慌で疲弊した農村を、手織り紬と草木染めによって復興しようと尽力した人でした。
「水はものを溶かす力があり、汚したらみんな溜まってしまいます。だから川や海には流さない。土には浄化というか、分解する力がありますから、土の中にもともとあるものや、土で分解するものを草木染では使います」
と山崎さんはいいます。
「化学染料の危険性がわかり始めているので、そのうち化学染料が使いづらくなる時代が来るかも知れないという人もいます。それなら草木染めにも可能性が開けてくるのではないかと思っています」。
草木染めの需要が増せば、その原料になる植物を栽培したり、採取するための場所を整えなければなりません。具体的には休耕田の利用や森林、雑木林の整備と復活です。それによって自然保護や農業、林業の発展に寄与できる可能性もあります。山崎さんも実際に工房の敷地に雑木を残し、染料のもとになる木の枝や葉を採取したり、植物を栽培したりもしています。つまり私たちの生活の中に自然の色をとり戻すことは、壊された自然環境を再生することとつながっているのです。
山崎さんは現在、天然染料の研究のかたわら講習会を開いて、一般の人たちに草木染めを教えています。より多くの人にその良さを理解してもらうには、やってもらうことがいちばんだと考えるからです。
「実際それまで何も考えず草を踏んで歩いていた人が、草木染めをやるようになると、身の回りの草木に関心を持ち、自分をとりまく自然に目が向くようになるみたいですよ」。
タイ在住のデザイナー、佐藤宇三郎さんはイサン地方の農村に今でも残る、草木染めの布を使って服を作っています。村の女性たちが自宅で飼っている蚕や栽培している綿を使い、手仕事で糸を紡ぎ、村やその周辺で採れる植物を使って染め、手機で織っています。日本でも江戸時代まであった「家内制手工業」の世界。農薬や化学肥料、化学薬品は高価なので使っていません。認証こそないものの、まさにオーガニック。
しかしタイ全体では伝統的な手織り、手紡ぎ、草木染めによる布や服作りは廃れてゆく傾向にあり、最近出回っているのは大量生産によって化学染料で染められる服がほとんどです。発ガン性が認められ、欧州で禁止されたため売れなくなった石油系のアゾ染料の、新たなマーケットになっているともいわれているのです。先進国が危険だからと認定して禁止したものが発展途上国に売られ、その環境を汚染するという図式がここでも見られます。そんな中、佐藤さんが草木染めにこだわるのは
「水に還らない、土に還らないものは使いたくない」
という考えからです。
伝統的な草木染めとは違った、現代科学の視点から植物染料にこだわっているのが㈱グリーンオーナーズ会議です。研究所と協力して植物染料の試作試験を繰り返し、たんぱく質やクエン酸などを使ったより自然な方法で弱点を克服してきました。
最近は草木染めと銘打ちながら、化学染料の補助できれいな色を出しているものが少なくないといわれています。しかし、グリーンオーナーズ会議では染料を長時間静置して不純物を沈殿させ、鮮やかな色を実現しています。
化学染料がむらなく染まって見えるのは、色素の反射が画一的だから。それに対して植物染料は、光が乱反射します。このことで鮮やかながらも人の目にやさしく、周囲の風景に違和感なくなじむのです。また、粒子が化学染料よりも大きいため、染まりにくく色落ちしやすい代わりに、他のものに色移りをしてしまった場合でも水洗いで落とすことができるという利点もあります。
「草木染めは色が変わりやすいのでは?」というイメージがありますが、「堅牢度3を最低基準にしています」とグリーンオーナーズ会議常務の大沢司郎さんはいいます。堅牢度とは光やpH変化による退色、変色、磨耗などに対する品質のレベルで、最低が1、最高が5。まずまずの耐久性といえます。
また、製品作りは従来の化学染料の設備の一部を使って行われています。植物染料専用の設備はまだなく、そのシェアは1%ほどと小さなものなので、専用の設備を作っても採算があわないのです。それでも、以前に比べると植物染料の需要は確実に増えているといいます。近年では大手メーカーからの協力の以来もあるそうです。グリーンオーナーズ会議の製品はタオル、アンダーウエア、パジャマ、部屋着など日常で使えるアイテムがそろい、自然の色を現代の日常生活の中で楽しみやすくなっているのがうれしいところです。
美しい絵を描き出す画材も、昔は鉱石を砕いたものや植物から抽出した顔料が使われ、それに亜麻仁油やバルサム、卵、アラビアゴムなどを混ぜて絵を描いていました。しかし植物性のものは酸化しやすく、手間がかかる上に高価な原料も多いため、19世紀末以降は簡単に作れて耐久性もある石油系のものに取って代わられてしまいました。
そんな現代でも、植物性の色素で画材を作っているメーカーがあります。スイス、ドルナッハにあり、ルドルフ・シュタイナーが提唱した「人智学」を実践する自由大学。その「植物の色」研究部門の研究者だったスヴェント・ペターセンと妻マリアンヌ・アイジングが故郷デンマークで設立したアルテミス社です。
アカネ、クロウメモドキ、モクセイソウ、インディゴ、クルミなどの植物を日光乾燥させ、煮出して得た色のエキスに酸化アルミニウムを加えると「ピグメント」と呼ばれる顔料が沈殿します。これを乾燥、粉砕したものにアラビアゴムを加え、乳鉢で練って絵の具が完成します。
従来は使う人自身がピグメントとアラビアゴムを混ぜていたのですが、これは大人でも難しいもの。そこでアルテミス社はパステル、色鉛筆、調合済みの絵の具の開発に乗り出したのです。それは植物から色を作ることに強くひかれ、「子どもたちに植物の色を知ってもらいたい、使わせたい」というペターセンの願いからでした。
現在アルテミス社の画材は子どもたちの教育の現場だけでなく、絵を描くことによってこころの傷や病を見出し、治療する絵画療法にも使われています。プロの芸術家でアルテミス社の植物性画材を愛用している人もいるのですが、下書きや習作などには利用しても本番の作品には使われません。なぜなら、植物性の画材は数十年経つと色が褪せ、やがて消えてしまうからです。また油絵の具に関しては、どうしても石油系の物質を使わざるを得ず、同社は環境面で問題があるため製造していません。
植物性の顔料で描かれた自由大学大ホールの天井画は、その美しさで世界的に高く賞賛されています。ルドルフ・シュタイナーは、植物絵の具についてこう説明しました。
「その色は光と水に結びつき、暖かく、光が浸透する。一日の、季節の、光と明るみの変化に応じる。それらは気持ちよい調和に結びつき、それぞれが際立って孤立することはない」。
日本でアルテミス社の製品を取り扱う㈱おもちゃ箱の社長、斉藤和彦さんはこういいます。
「つまり、”太陽が作った色”ということですね」。
植物が育つには、良い土、きれいな水とともに、太陽の光が不可欠です。植物性の絵の具や色鉛筆の色にほのかな温かみを感じたり、植物性の色を使って描かれた絵を見ると気持ちがほっとするのは、植物の色が自然とつながったものだからかもしれません。
自然の色は「光に弱い」「色が落ちる、褪せる」「くすんだ色や中間色が多い」「色が均一でない」
という印象があります。草木染めが注目されている近年でも、工芸や芸術として、あるいは主婦や中高年の趣味、児童生徒の体験学習としての人気で、実際の生活の中に取り入れられているという印象はまだ薄いように思われます。そんな自然の色をより身近にしてゆくには、どうしたらいいのでしょうか?
山崎さんは「草木染めは、落ちたら染め直しすればいいんですよ」といいます。昔、着物はまず薄い色に染め、洗い張りをするたびに濃い色に染め直してゆき、親から子、子から孫へと受け継いでいたのだそうです。科学染料で染められ、大量生産される現代の服にはない発想です。
じつは染料になる植物は、私たちの身の回りにたくさんあります。森や雑木林にはケヤキ、クスンキ、クリ、モミジ、サクラなど、野原や畑にはタンポポ、ヨモギ、セイタカアワダチソウ、ドクダミなど、家庭の庭やプランターの中には、ビワ、マリーゴールド、ラベンダーやローズマリーのようなハーブ類など。キッチンにあるコーヒーやお茶、タマネギの皮やピーナッツも染料になります。染め方さえ知っていれば、自分で好きな色に染めることもできるのです。
自然の色を実際の生活に取り入れるには、洗いざらしのジーンズや無垢の木の数のように、色落ちや変色を”味わい”として楽しんでしまうという発想の転換も必要です。
「草木染めは、落ちたっていいんです。何も害がない。合成染料は落ちたら大変です」
というのは佐藤さん。草木染めで染料の元となる植物の中にはウコン、チョウジ、ヨモギ、ドクダミなどの薬用植物も少なくありません。落ちても環境中で分解されるだけでなく、からだに付着してもその薬効で人体を守ってくれます。「最初に草木染めがされたのは、包帯のようなものではないか」という説まであるとか。興味深いことに、トリカブトのような毒性を持つ植物による草木染めは伝わっていないのです。
おもちゃ箱の斉藤さんは、植物顔料の色あせについてこういいます。
「植物から採られた色は生きています。だから変わって行くのは当然なんです」。
グリーンオーナーズ会議の大沢さんは「植物染めは同じ染料で同じように染めても、色が変わることがあります。だから、店頭に並べると同じ色でも微妙な違いが出てしまう」といいます。多くの人はその違いに「不良品では」と戸惑いや不安を抱きがち。でも自然の色だからこそ微妙な違いが出てくるわけで、そのことを消費者に理解してもらう必要がありそうです。
山崎さんの作品も、佐藤さんの服も、グリーンオーナーズ会議が作るタオルやウエア類も、アルテミス社の絵の具やパステルなども鮮やかで透明感のある色が多くて驚きます。天然色素にありがちな「くすんだ感じ」「中間色」という先入観がくつがえります。
記憶に新しいのは、皇室の「即位の礼」や婚礼の際に見ることができる十二単。光に溶け込むような美しい色が貴族文化の鮮やかさを思わせましたが、すべて昔ながらの草木染で染められたものです。
自然の色を実際の生活の中で利用し、楽しむには、私たちの価値観も変えてゆくべきかも知れません。均一で変わらないことが良いという考え方から、多様性と変化を受け入れる考え方へ。矢継ぎ早に新しいものを作り出すことから、ものに対して時間と手間をかけられるゆとりを持つこと。そして何より、汚染のない豊かな自然が身近にあること。
自然の色を普段の暮らしの中で使うことは、やがてオーガニックな社会を作ることにつながってゆくのです。