PRTR法のデータ公開情報を読む
今や私たちの生活は、化学物質なしでは成り立たないほど多くの化学製品に囲まれて暮らしています。洗剤やシャンプー、化粧品、歯みがきに至るまで、それらは便利な生活を提供してくれている一方で、水質、大気、土壌を汚染し、発ガン性や生態系に異常を与えるなど、私たちのからだの外と内側を脅かすものだということがわかっています。とくにダイオキシン類や環境ホルモンは、私たちが毎日使っている物にも入っているという報告は深刻です。そうした化学物質は、河川や海に流され、魚や農作物、飲料水などに残留し、食物連鎖となって、再び私たちの体内に入ってくるという恐ろしい事実も伝えられています。しかし、私たちは、今まで確かな情報を得る手段を持たず、右往左往しながら暮らしてきました。
そんな時代に警鐘を鳴らすべく、
化学物質を製造したり、使用している事業所が、対象とする354の化学物質の環境への排出量、廃棄物または下水としての移動量を把握し国へ届け出することや、国はその届け出られたデータについて、請求があれば開示することを規定した法律が制定されました。それがPRTR法です。PRTR法に関心が集まったのは、1992年ブラジルのリオデジャネイロで開催された地球環境サミットでした。「永久に持続可能な地球」を目指して、地球環境と開発をテーマにした国際会議で、リオ宣言は、「個人が有害物質の情報を含め、国などが持つ環境に関連した情報を入手して、意志決定のプロセスに参加できなければならなない」とし、国際的な世論として、PRTR法の重要性を問いました。
その後、環境問題に遅れをとっていた日本もOECDの勧告もあり、1999年に「特定化学物質環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」が制定されたのです。この法律において、化学物質の製造と排出について、報告義務が課されているのは、金属鉱業や原油、天然ガス鉱業、製造業や燃料小売業などの23業種、21人以上の常勤雇用者を抱え、年間に1トン以上(特定第一種指定化学物質については0.5トン以上)を取り扱う事業所を有する事業者です。1999年の公布後、2001年4月より、事業者による排出量などの把握が開始され、2002年より届出が開始されました。そして、今年の3月、それらのデータの結果がまとまり、第一回の公表が行われました。
現在、化学物質の製造は、世界で10万種類とも言われ、日本だけでも5万種類はあるといわれています。その中で日本のPRTR法は、人の健康を損なうおそれのあるもの、動植物の生息もしくは生育に支障を及ぼすおそれのあるもの、オゾン層を破壊し、太陽紫外線放射の地表に到達する量を増加させることにより人の健康を損なうおそれがあるものを、世界的データと国内の調査の中で選び出し、354種類を第一指定化学物質と指定しました。また、これらのうち、ヒトに対する発ガン性のあると評価された物質を、特定第一種指定化学物質と呼び、12種類が指定されています。この12種類の中には、合成原料として合成洗剤や医薬品、防虫剤などに含まれるベンゼンなど、私たちが毎日使用しているものの原材料となっているものもあります。この3月の公表の際、特筆すべきは、これらが事業所だけではなく、届出対象にならない規模の事業所や家庭、自動車などから排出される化学物質の量を環境省が推計し、発表していることです。
PRTR法は、消費者がどんな企業や工場から化学物質が排出されているかを知ることができると同時に、自分たち自身も多くの化学物質を排出していることを知る画期的な情報源だといえます。排出量の多い企業や自治体に働きかけることはもちろんですが、消費者が、自分たちの生活を見直し、環境に真剣に取り組む時代がやってきたとことを示す法律だといえるのではないでしょうか。
PRTR法に基づいた化学物質の排出について第一回の公開では、膨大なデータを消費者が理解することが難しいことから、環境省が「PRTRデータを読み解くための市民ガイドブック」を発行しました。このガイドブックでは、排出量の多かった物質順位や排出量の多い業種、都道府県別届出排出量及び届出外排出量などを図解で示してくれています。さらにこのデータを、私たちの生活により近づけるために加工された二次データが、大学や研究会、NGO、NPOのホームページで発表されています。情報を公開することで、行政、事業所、市民が一体となって環境問題に取り組むことが可能になり、持続可能な社会を作る第一歩を踏み出したといえます。
今回、公開されたデータは、私たちの環境がいかに恐ろしい化学物質にさらされているかを改めて思い知る結果となりました。また、注目すべき点は、洗濯用洗剤などに使用されている直鎖アルキルベンゼン、通称LASと呼ばれる化学物質や消臭剤や防虫剤に使用されているP-ジクロロベンゼンが家庭から大量に排出されていることです。その毒性は先に述べたように、発ガン性がある12種類の化学物質としても指定されており、ダイオキシンにも匹敵する危険度があるとの報告もされています。そのような合成洗剤や防虫剤をそのまま使い続ければ、未来の環境、子どもたちに確実に影響を及ぼすことは間違いありません。合成洗剤に関しては、高度成長期以来、30年近く研究者や民間人により、有害物質であるための廃止運動がなされてきました。しかし、なかなか合成界面活性剤の有害性が公で認められず、長い論争の種になっていました。ようやくPRTR法の制定で、国の法律により人の健康や生態系に有害なおそれがあると指定されたというのは画期的なことだといえます。
海外ではもう10年以上前から、このアルキルベンゼンの有毒性が叫ばれており、合成洗剤を作り出したアメリカでさえ、19684年にPRTR法が制定されてから、ここ10年で使用量は半減したといわれています。せっけん運動を支えてきた太陽油脂の長谷川さんは、「アメリカでは、PRTR法を機に訴訟問題が発展し、企業側が改善せざるをえない状況が出てきています。日本でも情報公開がなされた今、消費者がただ商品を便利だからと購入するのではなく、自分たちで確かめ、選ぶ時代に入ったのではないでしょうか」とPRTR法の制定に大きな期待を寄せています。
湯水のごとく流されるコマーシャルを見て、私たちは清潔であることがイコール安全で健康であるかのような錯覚を覚えてしまいが
ちですが、毎日使用する洗剤やシャンプーの中にも前出のとおりアルキルベンゼンやP-ジクロロベンゼンなど、非常に毒素の強い化学物質が使われていることからもはや目をそらすわけにはいきません。日々、下水に流された後も生分解されず、高濃度の塩素処理をしなければ飲料水に使えないほど汚染が進んでいます。汚染を回避するためには、危険なものを使わないようにするほかありません。最近では、除菌や漂白、殺菌と銘打った商品が増えていますが、結局は、化学物質がより多く使用されているために、より危険なものになっています。成分に対する知識を消費者の一人ひとりが深めるための布石となるPRTR法は、事業者だけでなく、私たち生活者に何ができるのかを投げかけてくれています。目先の利益ではなく、将来の地球の環境を考えながら、行動すること。危険な化学物質が入った製品を購買しないことで、企業へ改善を求めることなどが私たちに与えられた課題になっているようです。
上流で洗剤や食器洗いに使われた洗剤まじりの排水がこの川に流れこんでいるため、ちょっとした落差で泡立ってしまう。
台所では洗剤を使っていますか。まずは、排水の源になるお風呂と台所の洗剤を環境にやさしいせっけんに切り替えましょう。